心の病・アドラー理論と家族療法

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心に明かりを!ジロコのブログです。
まじめに記事を書こうと、書き始めても、すぐに記事が意図しない方向にむいてしまうのが、ジロコの記事の特徴です。

だったらバカだぞ!
数十年前、とある田舎道で、それを発見してしまったのです。

今から思えば、神の罠だったのかもしれません。

そのときから、ジロコは変態バカジロコになってしまったのです。

<ジロコよ!どうでもいいゾウ!>

アドラー理論にある、家族、子育ての問題について書いていきます。

家族療法を用いる中で、子供の問題行動の背景や、子育てにかかわる親の態度などは、カウンセリングには重要事項と言えます。

子育ての場面で、子供とどのように接すればいいかを、理論的に述べます。、

変態バカでもジロコは心理カウンセラーですから、参考になると思います。

マッ、今日はここまでにします。

少しずつ進まないと記事がもちません。

<バカジロコ!ちっとも進んでないゾウ!>

ジロコのグダグダ記事ばかりになってしまいます。

人気ブログランキングから引用します。

引用〜

永田町には「酒癖の悪いまともな議員」と「真面目だが害しかないバカ」のどちらが必要か!?
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昨日、ネットを徘徊しながら、丸山穂高氏の発言について賛否両論に当たってみた。驚くのは、丸山氏の発言が「戦争を煽る」などという解釈で流布されていることだ。これはいくらなんでも曲解である。彼のことばは軽率ではあったかもしれないが、「戦争を煽る」というものではない。丸山氏の発言を批判するのは構わないと思うが、こういう軽率な解釈や伝聞で批判するのはフェアではないだろう。

もっとも、軽率と言えば、日本維新の会まるごと軽率だ。同党共同代表の片山虎之助氏と馬場幹事長が昨日、ロシア大使館を訪れ、ガルージン駐日露大使に謝罪したという。片山氏は「丸山議員の言論についての事情の釈明と迷惑をかけたことのおわびを申し上げた」と語ったが、この対応には呆れた。「丸山を除名しました。すみませんでした」というのが話の内容だったのだろうが、これでは宗主国に出向いて報告をする属国の対処である。

維新の側には、「官邸との関係を壊したくない」、「都構想の住民投票までは、世論を敵に回したくない」といった様々な思惑があるのだろうが、明らかにやり過ぎだ。大阪市長時代の橋下徹が、米軍相手に、「もっと風俗店を活用して」と提案した恥ずかしい所業があったが、橋下の「風俗店活用」と「戦争で奪われた領土は戦争で取り返すしかないのでは?」という丸山氏の話は、同じ現実論ではないのか。仮に維新が謝罪するなら、外交上で迷惑をかけた官邸と外務省が相手だろう。

野党各党は、丸山議員の辞職勧告決議案の共同提出で結束し、鼻息が荒い。彼ら倒閣野党は、政策のことを語らせてもからっきしダメだが、政局のこととなると、とたんに元気になる。今回は維新自身が辞職勧告に前向きであるため、水を得た魚のような動きを見せている。辞職勧告とは、議員から職を取り上げるということだが、自分たちに対しては甘いが、他人に対してはサディスティックであるほどに厳しいというダブスタを、彼らは恥じない。

さて、ここからはあくまで一般論である。極端な表現だが、「酒に酔って失言する、結構まともな政策も語る議員」と、「表向きは真面目で、頭もいいが、国や国民のことなど一切考えていないバカ」のどちらが、永田町に必要かということだ。答えは必然的に前者になるだろう。丸山氏の酒癖については前科もあり、若い彼には猛省と規律を今一度求めたいが、国会での質問などを見聞きする限り、政策面では自民党の左派よりもまともである。一方、後者は百害あって一利なし。特に、「報道のためなら米軍、自衛隊の基地上空のドローン飛行を許可する」という政策を出した政党の元代表など、真面目そうに見えても、やることは害でしかない。

有権者は政治家を選択する権利がある。その権利を行使するとき、上記の二択が目の前にあったら、どちらを選ぶのか。有権者ひとりひとりに考えてもらいたい。

〜引用終わります。

この国の政治屋さんは、先生と呼ばれる素質があるのか?

マッ、ジロコもカウンセラーですから先生と呼ばれます。

どっちもどっちだゾウ!

ジロコもネットを徘徊して、気になる文を引用しています。

国民の皆様が気ずいたほうがいいという記事を引用しています。

そうは言ってもN氏の記事はちょっとと思われる方もいると想像されます。

ブログ順位が下がったようです。

ジロコもN氏の思想かというと、微妙に違うところがあります。

微妙な違いがN氏の仲間にはなれないゾウ!
ということでしょう。

そうは言ってもジロコは世の中に必要な人間でしょうか?

あなたは、ご自分がこの世に必要な人間と思いますか?

バカな質問だぜえ!と言えます。

そんなことを言われて悩むなんて愚の骨頂です。

世間の笑いものです。

そんな質問に答える義務なんて憲法にも書かれていません。

占領基本法は早めの破棄が必要とジロコは思います。

戦うことはしないゾウ!

黙って死期を待つゾウ!

あほか!

あそうかあ?

動物は敵から身を守るために必死です。

神が動物ごとに身を守る術を与えました。

だったら神は、他を攻撃しない生物を作ればいいじゃん!

そうは言っても、それでは神も刺激が無くて面白くないのかもしれません。

神も刺激を求めているのかもしれません。

ゲーム感覚で生き物を作ったかもしれません。

神にも遊び心があるのでしょう。

 

変態バカジロコのような規格はずれの人間が好きと想像されます。

ジロコは仏陀ですから、そのように悟ったのです。

神は、
普通一般の人間には、何ら興味を示さないと言えます。

変態バカジロコに神は興味津々かもしれません。

変態バカジロコの画像

ジロコは神のおかげで生かされていると言えます。

<ジロコよ!どこかの党首のようになってきたゾウ!>

あの党も、党首が変われば世に出てこられるのを
、残念と言えます。

この国は今後どのように生き残っていけばいいのか?

スマホゾンビや、踊らされるピエロも真剣に考えなければいけない時期にさしかかったといえるかもしれません。

かといっても、バカジロコ一人が言ってるだけかもしれません。

だったら神の声を聴け!

画像

<バカジロコよ!耳鳴りが聞こえるだけじゃん!>

耳鳴りの中から、神の声が聞こえるのです。

<バカジロコ!どっかの党首とおなじじゃん!>

それではもう一丁、和菓子の恩N氏の記事を引用します。

人気ブログから引用

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僕は不条理を憎む
2019-05-21 00:00:00NEW !
テーマ:政治・経済・憲法
政治とは人間がやっているものだから、共産主義だろうと、自由主義だろうと大差はありません。「こうでなければいけない」と言ったところで始まりません。人間が運営するのですから、人間さえよければ共産主義の思想でも素晴らしい世の中ができます。
そうなのです。指導者の人格が立派で不正をせず、国民のことを憐れんで、政治をやるならば、本当に素晴らしい世の中ができるのです。そのような意味でいうと主体思想も悪くありません。ただし、「人間がよければ」という条件がつきます。
「人間が良いか、悪いか」ということを判断するのは宗教の分野です。だから、僕は2つのブログをもっているのです。宗教の話は、『中杉弘のブログ』です。政治的な問題は、『中杉弘の徒然日記』です。この2つのブログを説明するとそうなります。
「このような政治的な社会をつくったから、上手くいく」などということはあり得ません。最後は人間に帰着するのです。
昔から中国では「堯舜の世」といいますが、堯と舜の時代は本当に良い時代だったのです。しかし、堯と舜も独裁専制国家であることには違いありません。それから、「貞観の治」と言われた唐の高宗の時代は、本当に良い世の中ができたというのです。
ローマ帝国もそうです。カリギュラやネロなど悪い皇帝が出てきて、民衆を虐殺しましたが、良い時代もあったのです。
「政治問題について論じる」のは大事ですが、半分は人間性の問題について論じる必要があります。立派な人間が政治を行うならば、封建時代でも良い時代です。日本の幕府の政治も本当に良かったのです。
我が家の北条早雲は関東を治めて政治を行いましたが、みんな北条さまに感謝したのです。北条早雲は税金の減額をしたのです。4公6民ですから、百姓・町人は喜んだのです。
北条早雲の家訓は、「少しもウソを言ってはならない。少しでもウソを言うと、人心が離れるぞ」と言われたのです。よく考えてみると政治は人が行うのです。人が悪ければ、どんな時代でも悪くなります。
人間性の問題と政治の社会体制の問題は常に反省しあわなければいけません。それが安倍政権では、人間の問題については全く触れられていません。何しろ、能率や効率だけで考えて、簡単にクビを斬ることばかり考えているのです。能率だけで考えているのです。人間の問題ということを論じていないのです。だから、腹立たしいのです。
みんながウソつきになり、自分勝手な都合のよい解釈をして、自分だけ懐にお金が入るように工作しているのです。このような世の中は、ハッキリ言って嫌な世の中です。立派なビルに入って冷暖房完備であろうと、良い世の中ではありません。
「人はパンのみに生きるのに非ず」これは、イエス・キリストの言葉ですが、豊かな食料と、豊かな住まいをつくったところで、中にいる人間が不正を行っているならば、毎日が不愉快です。「この政治は不公平だな」と人々が不満をもってしまうのです。
不愉快ではない、公正な政治をする、それを行える人間を正理会はつくっているのです。それを立派な人間というのです。立派な人間が「市長になってください」と言われれば、見事にやりぬけるのです。
市民に対して愛をもっているのです。「市民に対してウソをつかないようにしよう」という気持ちがあるのです。誠心誠意、政治家が働くと市民は気持ちがよいのです。上に不正がなければ、安心して税金を納められます。
消費税の値上げもそうです。別に10%だろうと、20%の値上げだろうと構わないのです。それは、「国民が納得するならば」という条件がつきます。事実、北欧では、税金が30%の国もあります。でも、誰も文句を言いません。税金がちゃんと国民のために使われているので、国民がちゃんと納得しているのです。
30%の税金を取られても、国民が「良い世の中だ」と思っているのです。完全に設備が整っていて、老後の心配もいりません。勉強したい人は頭がよければ、何処まででも勉強ができるのです。「これは、良い世の中だな。30%の税金が取られても構わない」という世の中です。政治は常に人間に返ってくるのです。人間が政治を行うのです。
例えば北朝鮮は、「理想の国家だ」と言いますが、あれは理想の国家ではありません。金正恩は人を殺しすぎています。安易に玩具のように人を殺しています。まず機関銃で死体をバラバラにして、火炎放射器で肉を焼いて、その肉を腹を空かせたドーベルマンに食わせているのです。そんな残酷な殺し方があるのでしょうか? 人間の仕業ではあり得ません。
これだけを見ても如何に政治のためとはいえども、金正恩は小者です。大物ではありません。そのような子者にとって「自分の命を失う」ということは、本当に怖がるのです。人の命は簡単に奪っておいて、自分の命が狙われることに対しては、もの凄く怯えるのです。怯えて震えるのです。所詮は小心者です。人に残酷なことをやるのは、小心者の証明です。
一段と下げて、「あの将軍が俺の言うことを聞かないから、禁固刑で3ヶ月豚箱に入れろ」というならば、まだ救いがあります。何も殺すことはありません。殺すにしても、公開処刑など止めて、もっと楽な方法にするならばともかく、死体を犬に食わせるなど、もう同情の余地は全くありません。これで金正恩の未来は決まりました。あれは生きてはおられません。みんな金正恩を信用しません。
良い政治とは、政治の中に歴史が入っているということです。「私たちはどのような民族ですか?」と聞かれたら、歴史で見るしかありません。私たちが過去にやってきたことは歴史に書いてあります。
歴史を見ると「私は日本人だ」と思うのです。「日本人とは何か?」と聞かれたら、「歴史を見なさい」ということです。天皇もそうです。天皇とは歴史です。我々は2800年の歴史をもっていますが、神武天皇以来、続いているのです。だから、良いも悪いもありません。天皇は日本の歴史なのです。
「天皇は必要なのか、天皇はいらない」という人もいますが、何を馬鹿なことを言っているのでしょうか? 2800年も続いている天皇を一人の人間の一存で「天皇はいらない」「日王」など、くだらないことを言うものではありません。それは、日本の歴史からはみ出しているのです。そんな奴は消えなさい。
日本は天皇と共に歩んできた歴史があるのです。それは良いも悪いもありません。国民は天皇と共に戦い、泣き、怒り、悲しみ、天皇と共に歩んできたのです。これはまぎれもない日本の歴史なのですから、日本の歴史を消すことはできません。歴史は大事にしなければいけません。ところが小悪党は歴史を変えてしまうのです。
創価学会もそうです。創価学会青年部は5千部隊つくられたのです。青年部員の中から10人くらいが分隊長になるのです。その上には班長があります。班長はだいたい20名くらいです。班長の上が隊長です。そのような過去があるのです。
それが全て批判されると、「そんなものはなかった。分隊長ではなく部長だ」と言ってごまかしたのです。創価学会は本にまで書いた過去の歴史を削ってしまうのです。池田大作は参謀室長だったのです。それがいつの間にか企画室長になってしまったのです。
そのような歴史のウソはよくないのです。「所詮、朝鮮人のやることだな」と思うのです。伝統に生きていかなければいけません。創価学会男子部隊は5千部隊、女子部は480部隊あったのです。部隊旗を翻して創価学会は進んできたのです。
それを「そんなものはなかったのだ」と言ったのです。池田大作は「あんな奴はいなかったのだ」と言って、平気でバツ印をつけたのです。そのような出鱈目をやる奴は、小者です。やってきたことは歴史なのだから、消すことはできません。
良いことも悪いことも、そのまま続いていけばよいのです。そのようなことがないから、面白くないのです。ウソつきばかりそろって、過去までも消してしまうのです。
大川隆法もそうです。大川隆法の三男は、「キリストの生まれ変わりだ」「その前は釈迦の生まれ変わりだ」と言われてきたのです。古今東西の聖人が大川隆法の子供に生まれたのです。
ところが左遷された途端に前世が変わってしまったのです。一体、そんなことがあるのでしょうか? 「三男の前世はカラス天狗であった」と言われたのです。前世はキリストではないのでしょうか? 釈迦ではないのでしょうか? 全くの出鱈目です。過去を変えて、前世まで変えてしまうのです。大川隆法は出鱈目なことを言っているのです。
政治というものは、何党でもよいから正義をもっていくのです。そこに人々は感動するのです。「凄い人がいたものだ。俺も日本人に生まれてよかった」と感動するのです。それが新しい時代です。
資本主義だろうと、共産主義だろうと、政治体制は2の次、3の次の問題です。政治に正義を通すのです。正理会とは、そのような会です。正義を通してもらいたい。何党でもよいから、正義を通すのです。正義が一番強いのです。
目の前に現金があれば、それはウソを言って取れるかもしれませんが、正義はウソでは取れません。正義こそが人間の価値です。これはやがて来るべき時代の一番大きなキーワードになるはずです。先取りして正理会はつくられているのです。「NHKをぶっ潰す!」など、そんなことはどうでもよいのです。人間として正義を通すのです。これが正理会の見どころです。

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〜引用終わります。

最近はもったいないという言葉を聴きません。

やはり一過性のものだったとジロコは感じます。

ジロコは前にも、時給1000円位のアルバイトに
おもてなしを、強要するのはやめてくださいという記事を書いた記憶があります。

貧乏人にとっては苦痛で、離職の大きな要因となっているそうです。

外国人労働者だったら、もともとおもてなしの概念が無いから苦痛に感じないか?

いや、おもてなしされるほうが

なんや、外国人労働者か?
ロボットと同じだから、おもてなしなんてないのが当たり前か?

日本土人の労働者におもてなしを強要するなら、時給2000円以上支払うべきと考えます。

(そういえば最近、コンビニの店員さんが時給に見合うような応対に変わってきたと、ジロコだけが感じます。)

馬鹿言ってんじゃあないよ!

外国人労働者を安く使えばいいことだゾウ!

時給300円で使て、表向きは最低賃金払ったことにしておけばいいじゃん!

法律なんて抜け穴を作るのが目的だゾウ!

日本土人の住所不定無職者は増加の一方をたどり

オレオレで生きていくしかないのか?

はじめの一歩から終わりの一歩まで労働環境は悪化するのみ

生きる希望と目標を失った若者は・・・

<ジロコよ!推理作家になったつもりか?タダノ妄想じゃん!>

ソウリ、この国には住所不定無職者は何人いるのですか?

トウケイを採っていないのでわからないゾウ!

そんなことを明るみに出せば、この国の恥だゾウ!

ソウリ、この国の恥は、ソウリの恥なのですか?

ジロコの国会ごっこの記事です。

<歴史から忘れられた人々>なんて本書けば?
売れるかどうかは、博打と言えます。

国会の政治屋さんの時給は、うん万円以上と想像されます。

おもてなしを強要される、貧乏人労働者とは雲泥の差です。

そうは言っても、神のようだと尊敬できる政治屋さんは皆無とジロコ仏陀は悟ります。

菩薩を目指し、真理を悟れば仏陀になれるそうです。

そうは言ってもこの国の国民は真実を知ることが難しく

国民の代表と自負している人々が、真実を報道しないといわれています。

それどころか、自己利益目的で捏造もするそうです。

ついでに、人気ブログランキングから引用します。

引用〜

「記者は国民の代表?」に否定的な答えが約8割
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望月衣塑子原作の「新聞記者」が映画化され、6月に公開されるそうだ。興味本位でトレーラーを見てみたのだが、冒頭に田原総一朗のお墨付きコメントが出てきて、「国家権力による隠蔽が云々」という、ありふれた筋書きが出て来る。望月による書籍だから、内容は恐らくナルシズムに満ちたものになるのだろうが、読んでもいないので評価はしない。参考までに、Amazonの原作のページには、こういう文章で書籍が紹介されている。

官房長官会見に彗星のごとく現れ、次々と質問を繰り出す著者。脚光を浴び、声援を受ける一方で、心ないバッシングや脅迫、圧力を一身に受けてきた。演劇に夢中だった幼少期、矜持ある先輩記者の教え、スクープの連発、そして母との突然の別れ…。歩みをひもときながら、劇的に変わった日々、そして記者としての思いを明かす。

私のブログにも「出版してみませんか?」とのご案内をいただく時代だから、選ばれたものしか世に出なかった時代と違い、いまや書籍の出版は自由である。まぁ、望月の場合は角川というスポンサーがついていることから、出版社として書籍がある程度の社会性があると踏んだのだろう。

さて、その望月の持論は「記者は国民の代表である」というものだ。菅官房長官が「記者が国民の代表とする根拠を示せ」と問うたら、東京新聞は「憲法21条に基づく国民の知る権利の負託を受けてる」と回答した。確かに、ジャーナリストが国民の代理人として取材を行い、それを記事にすることで「国民の知る権利の一部」を補完している事実はあるだろう。しかし、それは全権委任ではないと同時に、彼らが営利を目的とした民間企業の一員である以上、負託とは言えない。

株式会社NEWSYが運営する「しらべぇ」というサイトが、このことについて調査を行い、その結果を記事で配信している。

■「記者は国民の代表」だと思う?
しらべぇ編集部では全国の10代~60代の男女1,755名に「新聞記者は国民の代表だと思うか」調査を実施。

CAI

結果「そう思う」と答えた人は4.0%。「理解はできる」は17.6%で、肯定的な考えを持つ人は21.7%と低い割合に。一方「違和感がある」は41.9%、「おかしいと思う」が36.5%で、否定的な人はじつに78.3%となった。やはり大多数の日本国民は、新聞記者が代表だとは思っていないのだ。

NEWSYという会社は博報堂の社内ベンチャーということ以外、素性は良く分からない。調査と言ってもアンケートっぽいものとも取れ、これが国民の大多数の意見を代弁しているという前提は少々危険であるかもしれない。

しかし、「記者は国民の代表だと思う?」という質問に対し、「違和感がある」「おかしいと思う」というネガティブな回答が、全体の8割近くを占めるという事実は看過できるものではないだろう。

情報の流通が、記者から一般市民へという一方通行の時代では、答えは異なるものだっただろう。しかし、多くの国民は、既存メディア以外の情報ソースで、メディアが報じない情報を入手するすることが容易になった。彼らメディアが、知る権利の一部を満たす存在であるという認識は依然としてあるが、国民が知るべき情報を知らせないという逆の立場であることも、同時に露呈してきている。メディアによっては、ある一定の方向に読者を誘導する「プロパガンダ記事」が多いことも知れ渡りつつある。

そういう状況下においてメディアや記者がすべきことは、「国民に選ばれるメディア」を目指すことであって、「国民の負託を受けた代表」を標榜する前に、為すべきことがあるのだ。そして、もしそれを為し、晴れて「選ばれるメディア」になったとしても、彼らは国民を代表する存在ではなく、単に読者の多い新聞社、そしてそこに所属する記者以上のものにはなり得ないのだ。

〜引用終わります。

コピッペすれば毎日本一冊分の記事を書くのは簡単です。

<バカジロコよ!そんなことして何の意味があるのだ?>

そうは言っても、無効性の哲学で意味のない行動もあります。

洗脳されて意味があると思い込むと危険です。

真実を知っているのは神(創造主)だけかもしれません。

神はこの国をじっと黙って見ているのです。

はるか昔から。

人類が何回も滅びることを見てきたのでしょう。

神が<そろそろ動くか、じっとしてるのもあきてきたなあ>

地球も、ソーラーパネルや、コンクリートで覆われ息苦しいぜえ!

信号が青に変わると数十台の車が一斉にエンジンスタート!

アイドリングストップ車は、セルモーターの寿命が短くなるだけで
の意味しかないと、変態バカジロコは主張します。

なんや、金儲けじゃん!

ジロコ仏陀の画像

誰もが自己利益で動いているように感じます。

当たり前だゾウ!
国民から搾り取るのが目的だぜえ!
と、政治屋さんは国民から思われているのかもしれません。

それで国民が選挙にソッポを向くのでしょうか?

そうは言っても
画像

リサイクルショップの倒産が過去最多だそうです。

家電の中古品を買うのは博打に等しいと感じます。

ジロコは、安心の長期保証付き新品をお勧めします。

マッ、日本製である必要はありません。

そうは言っても、〇オ〇が日本製を強調し始めたようです。

ビンのふたに<日本製>なんてラベル貼っています。

ジロコはイヤミっぽく感じます。

韓国製では、誰も買わなくなったのかもしれません。

そして誰も買わなくなった。

そして誰もいかなくなった。

そして・・・

自業自得といえるかもしれません。

今年は地球の機嫌が悪そうで、大雨が予想されます。

神(創造主)に関心を寄せる方が少なくなっている?
画像

集金団体に関心を寄せても意味が見出せません。

神が、個人の自己利益に加担すると思いますか?

利益を出せば、反面損をする人が出ることが往々にあります。

正しい、取引はお互いが利益を得ることと言えます。

この原理が無ければショセン、諸行無常の波に流されます。

短期間儲けるのは容易でも、長期間儲け続けるのは不可能と言えます。

数百年続いた老舗でも、諸行無常の波に流されてしまうのです。

神に願ってはいけません。

問うのです。

関心をよせればいいのです。

神がご自分をどのように見ているか?

常に、神にみられているという自覚が重要といえます。

地球が怒り始めたようですから

オリンピックの年は、大雨で・・・

 

マッ、中止になるでしょう。

続くべええ!

書きやむべええ!
®ムームージロコの画像

注)引用文以外は筆者の感想です
お願い)コメントが寄せられていますが、筆者は日本語以外はわかりませんので、コメントは日本語でお願いします。

©2019 riter-jiroco.com ®ムームージロコ

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