心の病・子供と夢を語る

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ムームージロコのチャイルドコーチングアドバイザーです。
某選手の引退が増すゴミをにぎわしています。

世間からすごいぜえ!

と、思われているうちに引退するのが一番インパクトがあると言えます。

頂点にいつまでも居座り続けるのはたやすいことではありません。

諸行無常に逆らうことは神に逆らうことと言えるでしょう。

下り坂になってから、

不祥事を起こしてから

体力の限界だから

などはインパクトは感じられないと思います。

そうは言っても、普通の人には縁がない世界です。

ジロコは狂団M氏の思想に染まり、頂上を目指さない人生を歩んでいます。

頂上まで行かないぜえ!

6合目でいいじゃん!

そうは言っても中には、のぼらないぜえ!

なんて人もいます。

皆が頂上を目指したら大変なことになります。

国民皆、オリンピックの選手を目指すぜえ!

国民みな、政治屋を目指すぜえ!

国民皆、新聞記者を目指すぜえ!

頂上を目指すことに意味はない!

ジロコにとっては無効性の哲学と言えます。

第一、ジロコは商業スポーツに全く興味がありません。

狂団M氏も将来商業スポーツはなくなると予言しています。

マッ、どうでもいいことです。

今朝、国営?ラジオを聞いていたら、高齢者はお金を使わない生活をしよう!

なんて言ってました。

バカ言ってんじゃあないよ!

お金を使わず、みんなでけちけちケチケチしていたら、

内需がどんどんしぼんでいって?

国民皆どんどんお金使えばいいじゃん!

もったいないだ、おもてなしだなんて

ざけんな!です。

使わないなら、オレオレ詐欺でいただくぜえ!

オレオレ詐欺が役に立っている?

バカジロコ!いい加減にしろ!じろ!

タイトルなんだっけ?

子どもと一緒に夢を語ろう!
だ。

ジロコの一番苦手な事項です。

マッ、夢ですから、実現の可否は関係ありません。

いつでも夢を~♩

なんてやってると妄想性障害になるぜえ!

というのは、バカジロコだけです。

子どもと一緒に夢を語るなんて大げさなこと言っても、
宝くじが当たったら、家族全員で動物園に行こう
とか

高い食材買って、家族でパーテイをやろうとか
ささいなことでもいいでしょう。

親はこうしたいぜえ!

親の希望を言ってもいいでしょう。

家族全員で共通のビジョンを持つことは大切なことです。

ようし!

一戸建て買うゾウ!

とみんなで協力して、あくせくあくせくするのもいいでしょう。

万引き家族なんて映画があります。

ジロコは見たことありませんが、

法律云々は別として、家族全員が共通の目的へ向かってセッセせっせと協力し合うことが重要と思われます。

そうは言っても、お金持ちの家庭と貧乏人の家庭では
子どもに対しての、お金のかけ方には雲泥の差があります。

大事なことは、子供の夢を頭越しに否定しないことです。

親から見て、そんなバカなことありえんゾウ!

という夢であっても、子供は真剣に考えているかもしれません。

どこでもドアを作って、世界中どこでもお金をかけずに行きたいぜえ!

なんて子供が言ったらどうすんだよう?

そんなことできるわけないじゃん!

漫画の世界だぜえ!

などと、

子どもの夢を頭越しに否定したら、夢はそのまましぼみ、夢を見ない子どもにな

る可能性も否定できません。

大人のジロコでさえ、人間は生まれ変わるなんて言ってますから、親の今までの常識、経験、知識などで判断することは真実から遠ざかるかもしれません。

子どもが聞きもしないのに、親が

こうやればいいぜえ!

ああやればいいぜえ!

子どもが話すたびにいちいち余計なお世話を言うのはやめたほうがいいでしょう。

自分の考えばかり押し付けて、親の人世じゃあないぜえ!

と、子供は思い、反感を覚えるでしょう。

一流大学を出て、一流会社に就職して?

なんて、親の世間体を考えてるだけじゃん?

子どもが、中卒で職人になるぜえ!

といったら、親はどうする?

うちは貧乏だから助かるぜえ!

職人になって、会社を立ち上げればいいゾウ!

マッ、これからの時代の変化は急激すぎて
何をやればいいか?

それは子供の勝手だぜえ!

と、ジロコは主張します。

そうは言っても親の助言は無用ではありません。

無効性の哲学程度の意味はあるかもしれません。

ジロコの正体は、夢食い怪獣ムームージロコですから

夢をもてばあ!

と言えば、自己乖離になります。
ので言いません。

勝手にすればあ!
です。

それでは和菓子の恩N氏の記事を引用します。

引用~

日本人の真実の恐ろしさ ②
2019-03-23 00:00:00NEW !
テーマ:日本精神・日本刀・日本人

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考えてみると日本人の中には大和魂が一貫して流れているのです。先の大戦では戦況が不利になると、「1億玉砕」と言ったのです。1億が玉砕してしまったら、戦争目的などありません。戦争は民族の利益のためにやるのです。それが「玉砕」と言ったら、何もなくなってしまうのです。
「日本民族が滅びてしまいます。でも、この戦争は続ける」と言ったのが「1億玉砕」という思想です。だから、1億玉砕派から見ると「戦争はまだまだ始まったばかりだ」と思うのです。
硫黄島の戦いでは、米軍の死傷者のほうが多いのです。(日本軍の戦力―22,786人、米軍の戦力―110,000人)(日本軍の戦死―17,845人、米軍の死傷者―26,038人)あれだけの艦隊に硫黄島が囲まれて、日本兵は穴の中に入ったのです。武器もあまりありません。艦砲射撃です。穴にはいっている日本軍は皆殺しです。しかし、驚くべきことに死傷者は米軍のほうが多いのです。
ノモンハンの事件もそうです。(日本軍の戦力―58,000人、ソ連軍の戦力―69,101人)(日本軍の死傷者―16,343人、ソ連軍の死傷者―25,655人)ソ連軍が入ってきて、司馬遼太郎は「あんなひどい負け戦はない」と言うのです。ソ連側の死傷者のほうが多いのです。司馬遼太郎の言うことは全てウソです。
考えてみるとそうなのです。これは、無効性の哲学です。例えば、日本人は「戦争に勝った後にどうしよう」などと、考えていないのです。そのために戦争はしません。「我慢できない。もうここまで我慢してきたのだ。やったるぜ!」と決起するのです。
日本人は貶められてもジーと絶えてきたのです。カリフォルニア州の日本人の土地は取り上げられて、預金は封鎖されて、苛められぬいたのです。
今の韓国と似ています。アメリカは後から移民法という法律をつくり、日本人を罰したのです。それだけ日本人は優秀でアメリカ人は怖かったのです。しまいに「鉄クズは売らない、石油も売らない」と言ってきたのです。鉄クズも石油も日本に入ってきません。致命傷です。これはもうやるしかありません。そこまで追い詰められていったのです。
勝つためにやった戦争ではありません。それが日本人のわかりにくいところです。今後も日本人の行動様式は変わりません。あまりふざけたことをやられていると、日本人は決起するのです。今度はシナと朝鮮です。日本人が拉致されても、何も言わないで黙っているのです。
900回も領空侵犯されて、航空自衛隊は年間900回もスクランブルをかけているのです。竹島は韓国に盗られたままです。尖閣列島は中国が盗ろうとしています。挙句の果ては沖縄まで盗ろうとしています。韓国は対馬を盗ろうとしています。やりたい放題です。まだ日本は我慢して、一言も言いません。じーと我慢しているのです。
普通ならば、竹島を盗られた時点で戦争です。竹島をどうして韓国が占領しているのだ? 自衛隊が「大砲が撃つぞ!」と言って、大砲を撃てば韓国もメンツがありますから、戦艦を連れてきます。韓国が「やりやがったな!」と反撃してくれば、戦争です。
尖閣列島に中国船が侵入してきても日本は何も言いません。サンゴ礁を荒らしまくられても何も言いません。黙っているのです。不思議なことに自衛隊は着々と準備はしているのです。それが自衛隊の凄いところですでも何も言いません。
ところが日本人はある程度の限度を超えると爆発します。これが無効性の哲学ですその時には損得はありません。日本人は一丸となって「損も得もない。やるのだ!」と決めたらもう死は恐れません。
それがあるから日本は強いです。他の国はそれがありません。韓国などは、無効性の哲学などありません。韓国は有効性ばかり求めています。欲望が強いのです。だから韓国軍はみな逃げてしまうのです。誰が一番に逃げるのかというと、王様が一番先に逃げてしまうのです。その次に指揮官が逃げてしまうので、韓国軍は指揮官がいない軍隊になってしまうのです。バラバラに逃げて拡散してしまうので、韓国軍は弱いのです。
戦争は船の数ではありません。無効性の哲学です。如何に無効性の哲学が恐ろしいのかということです。西郷隆盛の西南戦争もそうです。あれは、どうやって勝つのでしょうか? 勝つ見込みなどありません。
近代武器を装備した明治政府に勝てるわけがありません。九州の芋侍が集まったところで、明治政府には勝てません。それをわかっているのです。でも、これ以上武士が馬鹿にされて、武士がいらない世の中にされてしまい、西洋かぶれして、「丁髷を切れ、刀を差してはいけない、武士の録をなくす」などと言ったら、もう限界です。「やれ!」と言って立ち上がったのです。神風連の乱、佐賀の乱もそうです。無効性の哲学です。神風連の乱は刀でしか戦っていません。
それでは近代的の武器を持った明治政府に勝てるわけがありません。決起して立つことが目的です。2・26事件も決起が目的です。その目的の結果、「何をやるのか?」ということはどうでもよいのです。
日本人は、「やりやがったな」と、立てばよいのです。「もう我慢できんぞ。やっちまえ!」というと、日本国民は「そうだ!」となるのです。そうなると「勝つ!」ということは関係ありません。「こうすれば勝てる」などとは考えていません。そのような意味でいうと日本人は、戦争は下手なのです。
戦争はあまりうまくないのですが、日本人は強いのです。何が強いのかというと、大和魂が強いのですそうなってしまうと、日本人は女も子供も年よりも関係ありません。みんな一丸となって「やってしまえ!」となるのです。だから、日本民族はなめられないのです。「なめたらいかんぜよ!」ということです。
「骨の髄までやってしまうぞ!」ということです。最近は戦いの中に有効性の哲学も入ってきていますが、基本的には無効性の哲学です。無効性の哲学ほど、強いものはありません。無効性は何に通じているのかというと、空(くう)に通じています。
禅宗の哲学では、「人生は空(くう)だ」といいます。空(くう)ということは、人生そのものが空(くう)なのです。ということは、もともと無いものなのです。だから、「命も惜しくはない」ということです。
我慢に我慢を重ねて気持ちが収まらない場合は立ち上がり、日本人は平衡状態を壊すのです。世界の人々は日本人が怖いことを知っているのです。征服する怖さではありません。「日本人が立ち上がってしまうと、どのようなことをやるのか?」という怖さです。
もう日本は原爆を使ってもよいのです。昭和天皇が言われたことは、「こんなものを世界で初めて使ったら永久に日本がつくった原爆だと言われるぞ。こんなものは使ってはならない」と言われたのです。だから、日本の軍部は原爆を使うことを止めたのです。
今では日本は原爆所有国に囲まれているのですから、自衛のために使わなければいけないならば使ってもよいのです。「日本が原爆を持ったら恐ろしいぜ」ということです。他の国は原爆など使えません。でも、日本はもう原爆を持っているのです。表に出ていないだけです。
無効性の哲学があるからこそ、日本人の大和魂は恐れられているのです。その原点は武士道です。「武士道の原点とは何か?」というと、これは無効性の哲学です。
武士というものが、「まてよ、俺がこんなことをやったら切腹になってしまうな」と計算したら行動はできません。浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)が松の廊下で刀を抜いたらそれだけで切腹です。そんなことは考えたらできません。
浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)は瞬間に無効性の哲学で行動したのです。「ここまで馬鹿にされたら我慢できない。例え、一太刀でも吉良を斬る!」と思って行動したら、その日のうちに切腹です。お家は取り潰しです。そうなってしまうのです。
そこで吉良上野介(きらこうずけのすけ)を悪者にしないと、講談は成立しません。だから、ますます悪者にするのです。大石内蔵助(おおいしくらのすけ)のやった行動も無効性の哲学です。幕府に向かったら、赤穂浪士の47人で勝てるわけがありません。下手したら全員切腹です。
それがわかっていても大石内蔵助(おおいしくらのすけ)は決起したのです。これが日本人の恐ろしいところです。それは他の民族にはない思想です。しかも、民衆が決起するのは欲のためではありません。「俺たちの儲けのために決起する」というのではありません。革命軍ではありません。「やむにやまれぬ大和魂」です。世界の人々よ、日本人が大和魂の固まりだということを忘れてはいけません

~引用終わります。

無効性の哲学

テロリストの哲学に似ていませんか?
といわれても
ジロコはテロリストではないのでわかりません。


恐怖の哲学との違いは?

どうでもいいことです。

日本を舐めてる人は?

ペロリストだぜえ!

ジロコは特命調査員だぜえ?

続くべええ!

書きやむべええ!

注)引用文以外は筆者の感想です
お願い)筆者は日本語以外はわかりませんので、コメントは日本語でお願いします。

©2019 riter-jiroco.com ムームージロコ

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