心の病・諸法無我

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心に明かりを!ジロコのブログです。
悪い奴は捕まえて、困った人を助ける?

そんな言葉聞き飽きたゾウ!
と言って志願者激減だゾウです。

次の分は引用です。

引用~自分で原爆を造り人類を滅ぼしてしまうなど、頭がよいからそうなったのです。大変な問題です。神様は「そうか、頭だけよいとそのようなことになってしまうのだな」と見ているのです。自分で自分の首を絞めて「原爆を使って地球ごと滅ぼしてしまおう」など、頭がよいからそうなってしまったのです。東大生と同じです。頭が良いから何でもバンバンとできますが、最終的には幸せになれません。
神様は見ているのです。みんな見られているのです。見られていると思って緊張して人生を歩むのです。~引用終わり。

和菓子の恩が書いた記事です。

どんな人を、和菓子の恩にするかで、人生の考え方が変わります。

そしていきかたも。

世間を騒がせたあの事件も、真実が解明されていないようです。

インベーダーが脳の中に侵入し、人間を操ったら?

諸法無我です。

自分がない?

自分はインベーダーに操られているに過ぎない!

もしこの国の政治屋さんがインベーダーに操られていると
すれば、辻妻が合うことが考えられます。

そうは言ってもジロコは存在し、仏陀様の批判を?しています。

ジロコには諸法無我なんて意味が解りません。

意味が解らないものは危険なのです。

無理やり意味付けし、ありがたいぜええ?

ジロコは意味ないぜえ!と理解します。

神様と仏陀様は異なります。

一説によると

阿弥陀如来>釈迦如来>観音菩薩>神

と、

仏教では、神は一番ちからが弱いとされています。

柴又帝釈天に出てくる〇〇さん程度なのでしょうか?

和菓子の恩の記事から引用です。

引用~ 人間は自分が創られたことがわからないから、平気で人殺しができるのです。人間が生命を創ったのではありません。神に創られた人間が、なぜ人殺しをする権利があるのでしょうか? そんな権利はありません。貴方も神様に創られた人間です。
人殺しができるのは、神様だけです。人間は神様は創ったものです。神が創ったのですから、「もうお前はいらない」と大洪水で多くの人間を殺したように、それは神様だからできるのです。人間はそんなことはできません。
しかし人間は平気で人殺しをやるのです。どのようなことになるのかというと、半分しか殺せません。精霊は殺せません。人間は、着物の部分だけを殺すだけです。中にいる精霊は着物がなくなるだけです。精霊は存在するのです。
1万人殺した奴は、1万人の敵をつくっているのです。それが人生となり、永遠に殺し合うのです。殺された人間は精霊となり、殺した人間に復讐するのです。それを永遠に繰り返していくのです。~引用終わり。

引用すれば記事も簡単に作成できます。

上記の引用記事も、人間は生まれ変わることを示唆しているようです。

ジロコの記事にも目的があります

ジロコの記事の目的は、心の病を減らすことにあります。

政治や宗教に口だすことではありません。

そうは言っても、また引用です。

引用~

仏教の見方でみると現代は末法です。比丘は戒律を修めず、争いばかりを起こして邪見がはびこり、お釈迦様の仏法がその効力をなくしてしまう時代を末法といいます。このように末法の時代は、闘諍堅固(とうじょうけんご)の時代だと、お釈迦様は予言されているのです。仏法を求めていない人々が充満し、闘い・争いを好むのです。まさに、現代の世相です。現在起こる様々ないじめ・リストラ・事故・事件・殺人事件・鳥インフルエンザ・地震などに私たちがまきこまれないという保障はどこにも無いのです。
しかし、全くどこにも救いがないかというとそうでもないのです。正しく仏教を学び、神仏を敬う人には神仏の守りが働き、災難・事故・災害に遭わなくなるのです。~引用終わり。

人々は、日々いろいろな心配を抱えているわけです。

心の病は、後を絶ちません。

どうすんだよう?

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と言っても、どうしようもありません。

どうにもならないことに、悩んでも意味がないと言えます。

諸業無我とは、宇宙とのつながりで物事は進み、個人ではどうにもならないと言ってるとジロコは理解しています。

どうにもならないことには、知らん顔をしていればいいのです。

®無い是の法則 です。

そうは言っても®無い是の法則は危険です。

引用します~ 生命というものは、皆定まった宿命をもっています。もう未来は全部決まっているのです。自分でガタガタしてもほとんど変わりません。皆、決められた通り生きているのです。これをもっとわかりやすく言うと、豚を見てご覧なさい。豚は人間にはなれません。馬も牛も人間には絶対になれないのです。
牛は牛、馬は馬、豚は豚としての命を歩んでいくしかありません。これを宿命といいます。これは男も女も同じです。男に生まれたのも宿命です。男として生まれたならば、男として生きていかなければいけません。女は女に生まれたのですから、女のままで生きていくのです。これを宿命といいます。
美人に生まれるのも、ブスに生まれるのも宿命です。それで生きていくしかありません。王様に生まれるのも宿命です。日本人に生まれたり、朝鮮人に生まれたり、シナ人に生まれると、その大枠から逃げることはできません。その通りに生きなければいけません。ここに人生の悲劇があるのです。
もっと大きなことを言うと、凡夫と生まれたら仏になることはできません。「頑張ってカラスが仏になった」とか、「豚小屋を翌日にのぞいたら、仏様が座っていた」などと言うことはあり得ません。豚は豚です。これが宿命です。
良い宿命に生まれたときは良いけれども、悪い宿命で生まれたら仕方ありません。同じ人間でも生まれた時から病気持ちの人がいます。これは可哀想ですが宿命です。どうしようもなりません。~引用終わり。

貧乏の宿命に生まれれば仕方がないのです。

ジタバタせず、おとなしく貧乏を続けるしかありません。

借金2億円できたぜえ!

お金が無くなったので先にいくぜえ!

宿命を変えるなんて不可能でしょう。

ジロコは人生をあきらめろと言ってるのでしょうか?

諸法無我の解説ができず、お茶を濁しているのでしょうか?

自分の我は存在しないことを知ることだ、なんて言われても
珍分感奮で、意味が解りません。

意味が解らないということは、意味がないのとの違いが解りません。

意味ないじゃん!

で、

済ませりゃあいいことです。

そうは言っても

正しく仏教を学び、神仏を敬う人には神仏が運命を好転してくれるかもしれない

ということです。

ここには正しくとあります。

そうは言っても、賞味期限きれです。

末法の時代です。

ところが現代では、何が正しいか?よくわかりません。

皆が、自分のところは正しいいゼえ!

と言ってます。

献金が足りない?

正しいものには多くの人が共感、感動する?

あまいぜえ!と言えます。

感動第一主義はジロコが嫌いな思想です。

皆が、共感、感動を示すものは危険かもしれないのです。

間違って学ぶなら、学ばないほうがいいということでしょう。

だったら、学ぶ必要ないじゃん?
と、
ジロコは思います。

和菓子の恩を選ぶのは、困難な仕事と言えます。

最近は、和菓子の恩に値する人物が少なくなったとジロコは痛感します。

和菓子の恩が盗撮などしたら、洋菓子になればいいのです?

そうは言っても洋菓子の恩なんてあるのでしょうか?

検索したら68円 とか 1100円なんてしか出ません。

和菓子の恩は多数ヒットします。

諸法無我はこれで終わります。

結局何もわかりません。

すべてはつながりの中で変化している?

当たり前じゃん!

仏教批判じゃん?

末法だぜえ!

続くべええ!

書きやむべええ!

注)この記事は、個人の感想です。感想には個人差があり事実とは一切関係ありません。

©2018    riter-jiroco.com

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