心の病・水のごとく  

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心に明かりを!ジロコのブログです。

他人は変えられないので、自分を変えろ、なあんてよく言われています。

コンビニに並んでいる本にも書かれています。

そんなことできるのでしょうか?疑問に思うのは私だけかもしれません。

夢食い怪獣ジロコは考えが、異常なのでしょうか?

大半の人は、通勤地獄を耐え、痴漢の容疑をかけられないように
細心の注意を払って、通勤しています。

名誉ある方や、地位のある方などは、痴漢の容疑をかけられたら
それまでの功績や苦労が水泡と化す気がします。

世間の目は冷たく・・・
・・・は言葉にすると問題になる事項として使っています。

家から出たら一瞬も気が抜けません。
家をでたら七つの敵とか言われています。ここでは七つ並べません。
七つが重要なキーワードだそうですが、どうでもいいことです。

飛行機からの落下物や、人工衛星の廃棄物、北挑戦のロケット、
自動運転車などの被害にいつ会うかしれません。

通勤だけでも命がけで心が疲れます。

長時間労働とか過重労働とかも重なれば、限界ギリギリで
生き延びていると想像されます。

その成果(せいか)人生には必ず疲れが伴うといえるでしょう。

人は例外を除いて、毎日精いっぱいで生きている、と想像されます。
これ以上どうしろというのだ?

自分を変えることは不可能でしょう。個人の感想です。

だったらどうしたらいいんでしょうか?
あまり品のない言葉使いも、いい加減にしないといけませんね!自省。

かわのながれのよ~うに~♩♪、水のように、ニュートンの法則にさからわないで
曲がりくねったところとか、狭いところ、広いところ等、常に形を変えながら
地球の中心に向かって流れていきます。

これは自然のチカラだといえるでしょう。

人間は自然に逆らえないという法則を無視して四苦八苦しているようです。

ある説によると、人間の運命は、生まれた時間で決まるといわれています。
当然根拠も示せないし、証明もできません。個人の感想です。

じたばたしても、引き寄せの法則を使ったとしても人生は変わりません。

自分を変えようとか、今のままの自分でいいとか、なにがなんだかわからない、世間の風潮かもしれません。

党大に合格したとしても、本人の努力とは関係なく、運命で決まっていたかもしれません。

あるいは不合格だったとしても、本人の努力不足に関係なく、運命で決まっていたかもしれません。
合格して喜ぶのも、不合格で落ち込むのも運命できまっていたかもしれません(この文章ちょっとおかしくない?)

カウンセリングで、人生の目標を持たせて・・・

人生の目標?観音様にもわからないこと、心の病の人にわかるでしょうか?

観音様は生きることにも、死ぬことにも意味はないと言ってたような?

目標=執着=終着点=終着駅    Q この事実を証明せよ!
答えを記すと、評価が急落しそうです。パスします。
それではわからんじゃんとバカにされます。

よく、迷ったらやめろといわれています。
迷いは潜在意識の働きから生じているという、潜在意識の法則から推定されます。
実例として、なんでもいいんですが、例えば金メダルもらおうと必死になります。
一日一万カロリー以上の過重食料摂取でセッセせっせあくせく苦闘の毎日です。
この状況が幸福感かもしれません。二度と味わえないかもしれませんが?

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やったぜえ!金メダルだ!宝くじでうん億円当たった!と同様
この状態を絶好調というのかもしれません。

やがて~明日からどうしようかなあ、また4年間地獄の特訓だぜ!
4年後銅メダルももらえなかったら、世間のわらいものだぜ。

ここは、世間に惜しまれながら引退というシナリオで幕引きすれば
いいじゃん。
報道陣がよってたかって、スター同然だぜ!

もう目標がありませんから、どう生きたらいいかわかりません。

スポーツ評論家になるとか、地方を回って「夢は必ずかなう!」なんてセミナーでもやるか、どっかに雇われてジムのトレーナーになるか?
金メダル持ってるので、評判抜群だぜ?

これが落ちこぼれとどう違うか、説明できません。

人生の目標なんて意味ありません。個人の感想です。

目標はなくても終着点は必ず訪れます。自然の法則です。

自分らしく生きるのではなく、水のように入れ物によって形を変えれば自然の法則に合致、ピンポ~ン!

周囲に合わせて生きるのです。

言い換えれば運命に乗って生きるのです。

これは何もするなとは意味が全く違います。

無気力、無関心とも違います。

長くなるので説明は機会があったら別記事で述べます。

それでは、人生は芝居の連続といわれますから
どうやって芝居をすればいいのでしょうか?

一つの顔で周囲に合わせることは困難でしょう。

二重仮面は必須で、できるだけ多重化面になればいいのです。
あるときは通行人、ある時は電車乗車人、ある時は労働者、ある時は主
あるときは家政婦などなど、その場に応じた演技をこなせばいいのです。

人生は芝居です。そういつも思います。

芝居ですから多重人格者になる危険性は皆無といえるでしょう。

なぜならTVに出演している方々が証明していると思います。
例外もありますが、TVでキチンと報道されています。

ちょっとおかしな話になってきた?

人は皆、役者にならなければならないと思います。

舞台の上で台本にないことやれば、どうすんだよ!責任取れよ!
などと非難を浴びるかもしれません。

日本の国もどっかの国の家来ですから
自国勝手なことはできません。

自分らしくでなく、役者として、キッチリ役を果たす必要性を感じます。

役者になれないなら、今の世間をうまく泳ぎ切るのは難しいと思います。
心の落とし穴に陥る恐れがあります。

しかし心のスキマは埋めてはいけません。
心にスキマがなければ心がオーバーヒートするでしょう。

心にいつも隙間を感じているのは正常といえるでしょう。

他のブログで中学校に介護科をって叫んでいますが、
小中学校に演技科を設け、人生どう演技をし続けるか?
訓練をすれば、心の病を減らせるかもしれません。

教育の場で、人生目標を持てとか、夢を持てとか言われているそうです。
そんなことはカラスの勝手で、人に押し付けるな!

子供を大学に入学させるために、200万円以上の借金をしている家庭が相当すうあると報道されています。

どっかの国と似てませんか?
10年後の社会に大卒資格が必要か?
私にはわかりません。
個人の感想です。

水の流れのように生きれば、心の病に取り付かれることは、
少ないと思います。

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